本学の歴史はたいへん古く、その起源は江戸幕府により1856年に開校された蕃書調所まで辿ることができます。日本における外国研究の歴史は本学の祖となる官営学校によって始まったといっても過言ではありません。しかしながら、近代的な教育機関としての本学の創立年をはっきりしめすことは容易ではありません。なぜなら、本学は、日本の近代教育の黎明期につくられ、紆余曲折をへて、現在、東京大学?一橋大学などになっていった明治時代の諸教育機関と共通の根をもつものだからです。
明治2年に作られた英語?仏語の2学科の「開成学校」(現、東京大学)をへて、明治6年(1873年)に発足した東京外国語学校は、近代的な学校組織としては本学の「祖」となるものです(英、独、仏、ロシア、中国語の5語学科)。しかしながら、この学校は1887年に、他の学校と合併して東京商業学校(のちの高等商業学校。現、一橋大学)となり、外国語教育の独立した教育機関はいったんわが国から姿をけしました。
しかし、明治30年(1897年)に、高等商業学校に附属する機関として、外国語学校が再興されました。このため、本学としては、自分たちの創設を1897年と考えています。つづく、明治32年(1899年)、高等商業学校附属外国語学校は、東京外国語学校と改称され、高等商業学校から分離されました。以後、東京外国語学校は、名前を変えながらも、独立した国立の教育機関としての現在までつづく歴史を歩んでいます。
以上の歴史を踏まえ、本学は、1873年を建学の年、1897年を創立の年、1899年を独立の年、と呼んでいます。
本学は第二次世界大戦後の1949 年、新制大学として発足しました。新制大学発足当初は12 学科からなる外国語学部のみでしたが,じょじょに学科や部局の数をふやし、現在は外国語学部(7 課程26 専攻語)の他に,博士課程を持つ大学院地域文化研究科,本学附置の全国共同利用研究所であるアジア?アフリカ言語文化研究所、同じく附置の留学生日本語教育センターを擁しています。
キャンパスは、当初は、東京の神田錦町に位置していました。火災や地震、戦災により何度か移転を余儀なくされましたが、1940年以後は、主に、東京北西部、北区西ヶ原の校舎を利用してきました。2000年、本学は東京西部に位置する府中市の現キャンパスに移転し、近代的な設備と高度な情報環境のもとでの、教育?研究を実現しました。
こうした100年を超える歴史をふまえ、東京外国語大学は21世紀の日本における国際的な学問研究、学術交流の拠点のひとつとして重要な役割を果たし続けています。